
霞が関から医療スタートアップへ。厚生労働省で12年、制度づくりに携わってきた分部唯宇さんは、いま企業の立場から社会を動かす挑戦を続けている。医療DXの推進という大きなテーマに向き合いながら、家族との時間も取り戻した。官から民への越境がもたらしたのは、「働きがい」と「暮らしの豊かさ」の両立だった。
<プロフィール>
分部唯宇さん
2011年、東京大学法学部を卒業後、厚生労働省に入省。保険局でマイナンバー法案や中小企業向け保険料軽減策、労働基準局で働き方改革や過労死対策、医政局で医師偏在対策法案や医療広告規制の見直しなどに携わる。2023年末に退職し、翌2024年1月よりクラウド型電子カルテのスタートアップヘンリーに入社。
──大学卒業後、なぜ官僚の道、中でも厚労省を選んだのでしょう。
「何か大きなことをやりたい」――最初は、そのくらいの気持ちでした。正直なところ、“この分野で社会を変えたい”と強く決めていたわけではありません。ただ、大学では社会保障を専門に学ぶゼミに所属していて、制度としての社会保障の重要性は強く意識していました。
社会保障はひとつの省庁だけで完結するものではありません。財務省はお金の流れを担い、総務省は自治体を通じて現場へ届ける。一方、厚労省は、社会保障の具体的なあり方を決める点で大きな役割を果たしています。「この分野に関わるなら、選択肢はこの三つのどこかだな」と自然に思っていました。
実は厚労省は第三志望だったのですが、最終的に選んだのは、職員の方々と話したときに一番しっくりきたからです。困っている人のためになりたいという静かな熱意を感じ、「この人たちと働いてみたい」と素直に思えたことが決め手でした。
──入庁後はどのような業務に携わりましたか。印象に残っていることはありますか。
医療や医療保険の分野がやや長かったものの、振り返ると本当に幅広い業務に携わってきました。
働き方改革や過労死対策に関わった時期もあれば、外国人雇用や技能実習制度を担当していたこともあります。退職する直前は新型コロナウイルス対策本部で、5類移行後の対応にあたっていました。
印象に残っているのは、労働基準法の改正に関わったときのことです。労基法は、働き方のルールを定める大切な法律でありながら、当時まで約70年間、大きな改正がされていませんでした。労使の意見が鋭く対立し、ずっと“手をつけにくい領域”になっていたんです。
改正に向けた議論のなかで最も心に残ったのは、過労死で家族を亡くされた遺族の方々の存在でした。厚労省にも直接お越しいただき、真っすぐな思いを語ってくださった。その姿を前にして、「自分たちが扱っている業務の先に、こうした現実の声がある」ということを強く感じました。
それまで、役所の仕事はどこか現場から距離があるものだと思っていましたが、労基法を変えることで、同じような悲しみを減らすことができるかもしれない。そのつながりを実感した瞬間でした。

──まさに「大きなことをやりたい」を実現されてきたと思います。そんな中で、転職を考えるようになったきっかけを教えてください。
きっかけは、結婚と子どもの誕生でした。子どもが体調を崩すことが多く、そのたびに家族の時間や生活のリズムを見つめ直すようになりました。官僚の仕事はやりがいがあり、心から楽しいと思える仕事でしたが、「このままの働き方を続けていくのは難しいかもしれない」と感じるようになったんです。
同時に、役所の仕事のあり方も少しずつ変わってきていると感じていました。以前は国が方向性を示し、現場をリードする立場だったように思いますが、近年はそれが難しくなってきている。コロナ対策の部署にいたときも、医療現場や専門家、自治体など多くの関係者をつなぐ中で、厚労省として全力を尽くしましたが、それでも思うようにリードできないもどかしさがありました。
一方で、民間の現場ではスピード感を持って新しい仕組みを動かしている人たちがいる。そうした動きを見て、「行政とは違う立場から社会を良くしていくこともできるのでは」と思うようになりました。子どもがまだ小さく、自分も柔軟に動けるうちに、別の世界を経験してみたい。そう考えたのが、転職を決めた理由です。
──不安はありませんでしたか。
もちろん、怖さはありました。役所にいても、たとえば民間企業や自治体への出向を経験した人など、外の世界を知っている人もいます。そういう人たちは、民間に出ても通用する“武器”を持っているように見えました。一方で、私は留学の経験こそありましたが、基本的にはずっと霞が関の本省で働いてきました。短期間の研修などで外に出る機会はあっても、ほとんど行政の中でキャリアを積んできた人間です。だからこそ、「自分に強みと言えるものがあるのだろうか」「民間でやっていけるのか」という不安は大きかったです。
──転職活動では、VOLVEのサポートを受けられたそうですね。印象に残っていることはありますか。
担当してくださった高橋さんは、もともと官僚のご出身。官民双方を経験された立場から、公務員が転職でどんなところに悩むのかをよく分かっていて、だから、悩みごとも安心して相談できました。同時に、行政で培った経験のどこに強みがあるのかも的確に教えてくれました。たとえば、書類を最後まできちんと作り切る力は、行政にいると当たり前ですが、実は簡単じゃないということ。自分では気づいていなかった強みを改めて認識できたのは、すごく大きかったです。
あとは、スケジュールを柔軟に調整してもらえたのも助かりました。転職活動中も本業がかなり忙しかったので、昼休みや夕方のごはんの時間を使って面談できたのは本当にありがたかったですね。
──転職の軸として大切にしていたことは何でしたか。
官僚からの転職では、コンサルティング業界を選ぶ方も多いですが、私は“現場に近いビジネス”に関わりたいと考えていました。なかでも医療は、自分が厚労省時代に長く関わってきたテーマ。現場に近い形で社会に貢献できると思い、医療系の事業会社を中心に見ていました。
もう一つ重視していたのは、働き方の柔軟さです。転職を考えたきっかけが、家族との時間を大切にしたいという思いだったので、リモート勤務ができる環境は必須でした。
──最終的にヘンリーを選んだ理由は何だったのでしょうか。
ヘンリーは、中小病院向けにクラウド型電子カルテを提供している会社です。実は、VOLVEから紹介されて初めてその存在を知りました。医療×テクノロジーのスタートアップは数多くありますが、電子カルテのような“古くて堅い領域”に挑んでいる点が面白いと感じました。
従来主流だったオンプレミス型の電子カルテは院内で完結して管理できる一方、カスタマイズや保守に多額のコストがかかるという課題がありました。クラウド型は導入や運用コストを抑えられるだけでなく、災害時のリスクにも強いという利点があります。とはいえ、オンプレミスからクラウドへの移行は、単なるシステム刷新ではなく、医療現場の文化や信頼のあり方を変える挑戦です。その難しさに真正面から向き合い、成果を出している点に、私の大事にしている「社会を良い方向に動かす」「大きなことを成し遂げる」という思いが重なりました。
──厚労省という大組織から、100人規模のスタートアップへの転職。ギャップはありませんでしたか。
仕事の進め方という点では、思っていたほど大きなギャップはありませんでした。スタートアップは人数が少ないぶん、一人ひとりが“ボールを拾いに行く”意識が高い。足りないところを自然に補い合う文化がありました。
役所にいた頃は、大量の業務を処理するために必要な面もありますが、どうしても業務の範囲が明確に区切られていて、他の人の仕事の進め方にフラストレーションを感じることもありました。今の職場では、年齢層が比較的高く、みんなが「自分の業務はここまで」と線を引かずに動いている。その分、チームとしてのスピード感もあります。
製品開発を担うエンジニアの中には、フリーやウォンテッドリーなど医療とは異なる分野の出身の人も多いですが、医療の現場を真摯に理解しようとする姿勢をお持ちです。理想を追いかけながら現実的な課題に向き合う――その姿勢に、“医療の未来を変えるITベンチャー”らしさを感じています。
──ヘンリーではどのような業務を担当されていますか。
公共政策本部に所属し、政府渉外や公共政策を担当しています。クラウド型電子カルテの普及を後押しするために、政策提言や制度設計に関わる仕事です。具体的には、厚生労働省やデジタル庁をはじめとする関係省庁、また政党関係者などに対して、電子カルテやレセプトコンピュータに関する規制・制度上の課題について意見交換や提案を行っています。
その過程で、研究者や医療団体、医師会など、多様なステークホルダーとも連携しながら議論を進めています。
──まさに、前職の経験が生かせそうな業務内容ですね。
厚労省にいた頃は、本当にさまざまな専門分野を持つ方々と日々やり取りしていました。医師や看護師、薬剤師、栄養士などの資格を持った“技官”と呼ばれる専門職の同僚らと現場や実情に合致した政策を議論しあい、それを正確に整理して政治家や関係部局に伝える――いわば情報のハブのような役割です。その経験を通じて培ったコミュニケーション力や調整力は、今の仕事でも大きく役立っています。
ヘンリーはテック企業で、社内には営業担当もいますが、多くはエンジニアです。専門性が高く、バックグラウンドの異なるメンバーと議論を進めるうえでは、行政時代に身につけた経験が活きていると感じます。
──現職で、実際に形にできたことを教えてください。

写真)厚生労働省の職員とともに、病院視察に訪れた際の様子。(分部さん提供)
印象的だったのは、2025年7月に政府が公式文書で初めて「電子カルテをクラウド・ネイティブなシステムへ移行していく」と明記したことです。その背景にはヘンリーの公共政策本部としての働きかけがありました。医療DXの議論の中では、従来のオンプレミス型ではコストや運用面での課題があることが明らかになってきました。ただ、長年オンプレミスを前提に制度を組み立ててきた行政の方々に、クラウド型の価値を理解してもらうのは簡単ではありません。私たちは、厚労省や関係機関を訪ね、「クラウドサービスの導入が進んでいる」と丁寧に説明を重ねました。また、実際にヘンリーの電子カルテを導入している病院の現場を見てもらう機会もつくり、実態を肌で感じてもらうようにしました。こうした積み重ねが少しずつ形になり、政策の文言として反映された瞬間に、「自分たちの仕事が社会を動かす一端を担えた」と感じました。理想を掲げるだけでなく、その“実現の道筋”を描けること。それが、この仕事のやりがいだと感じています。
──働き方や待遇は変わりましたか。
働き方は大きく変わりました。現在は基本的にフルリモートで、週に2〜3回ほど外出する以外は自宅で仕事をしています。自宅で落ち着いて働ける環境は、自分にとって大きなプラスです。
5歳の子どもの送り迎えもできるようになりました。前職ではほとんど叶わなかったことなので、とても嬉しいですね。以前は週末になると疲れがたまってしまい、土日は休息にあてることが多かったのですが、今では土曜の朝から全力で子どもと遊べるようになりました。
待遇面については、役所時代と大きな違いはありません。ただ、時間やエネルギーの使い方を自分でデザインできるようになったことで、生活全体の満足度は格段に上がったと感じています。

写真)ご自宅の業務スペース。(分部さん提供)
──この転職を経て、今どのように感じていますか。点数をつけるとしたら何点でしょうか。
ほぼ100点に近いですが、これからの伸びしろも込めて90点くらいです。辞めるときは不安もありましたし、家族の体調のこともあって時期を迷うこともありました。それでも、転職して本当によかったと思っています。
世界が広がり、霞が関にいた頃には見えなかった景色に日々触れています。今は、厚労省在籍時の関係者のつながりから創薬関連の一般社団法人の立ち上げにも関わっていますし、個人では、ヘンリー以外のスタートアップなどの公共政策支援も始めました。こうした活動を通じて、政府渉外という枠を超えた関係づくりができるようになり、それが結果的にヘンリーにとってもプラスになっていると感じます。