【寄稿】 体験的に考える国家公務員のキャリアオーナーシップ

【寄稿】 体験的に考える国家公務員のキャリアオーナーシップ

本稿は官⇆民の越境キャリアを支援するVOLVEにご賛同いただいた、リクルートワーク研究所 研究員、元 人事院 課長補佐の橋本賢二さんからお寄せいただきました。

自分の人事異動はデザインできるのか

私は、現在、リクルートワークス研究所の研究員として人と組織とその関係性を巡る課題と向き合うことを仕事としています。2007年4月から2022年10月まで国家公務員として、人事院や経済産業省に勤務していました。経済産業省では「人生100年時代の社会人基礎力」を打ち出す仕事に関わり、それ以降、公私にわたってキャリアオーナーシップの普及に努めています。本稿では、私の体験を振り返りながら、理論的な話も絡めて国家公務員としてのキャリアオーナーシップの実践方法をまとめます。

国家公務員は概ね2年、時に1年未満で人事異動を重ねていきます。次々に仕事が変わる中で、自分の専門性など培えない、次の異動先が分からない、何をどのように究めればいいのか分からないといった、キャリアオーナーシップとは程遠い声も聞こえてきそうです。しかし、頻繁な人事異動は常に人事担当者の頭痛の種でもあります。この状況を逆手にとれば、自分の人事異動をデザインすることも可能になるかもしれません。

私は人事院に入局後8年間は人事院内で給与や任用を担当していました。その間、「人事」に関連する書籍を読みながら、「キャリア」を考えることこそがこれからの人事にとって重要だとの問題意識を抱き、先輩や周囲の同僚にも話しながら独学で知見を深めていました。その甲斐があってか、9年目に経済産業省に出向して産業界の人材施策を担当する機会を得ました。

頻繁な人事異動は、頻繁にチャンスが巡ってくるとも捉えられます。もし、担いたいと思う仕事があるのであれば、その仕事を担いうる人材になれるように行動して発信して、準備しておくことをお勧めします。人事担当は職員の希望も聴取しながら、毎年の膨大かつ頻繁な人事異動を設計することに苦労しています。日々の行動や発信が人事担当にも聞こえるようにしていれば、人事異動を設計する際のフックになる可能性が高まります。

「この人ならやれそう」と思わせるための戦略

経済産業省では、社会人基礎力の担当として、職場や地域社会で多様な人々と仕事をしていくために必要な基礎的な力の理解や育成のための施策を普及する活動をしていました。そのような施策を担当しながら、国家公務員だけでなく社会全体で「キャリア」を考えることが重要だとの確信に至るとともに、社会やテクノロジーの変化にも合わせた社会人基礎力の見直しの必要性を認識しました。社会人基礎力は全ての年齢層に通じるコンピテンシー(行動)なのですが、現場では大学生や新入社員の能力やスキルとして捉えられている状況があったので、改めて社会に広く受け入れられやすい形に進化させる必要がありました。そこで、2年が通例の省庁間出向ですが、3年目も担当させてほしいと親元と出向先にお願いして、社会人基礎力の見直しが結実します(図1)。政策を打ち出すには時流も重要な要素です。当時は「人生100年時代」や「働き方改革」という流行語が生まれ、一人ひとりが人生の在り方を考える必要性が認識されつつありました。3年目を担当できたのは時流を得たことも大きい要素かもしれませんが、最も大きい要素は、公務外の応援団を得られたことだと思っています。

(図1)人生100年時代の社会人基礎力(経済産業省)

ある施策を「やりたい」という想いを持つ国家公務員は一定数存在している可能性があります。そこで、その施策の担当を射止めるには、人事担当者に「こいつならできそう」という期待を抱かせる必要があります。その際、その施策に関係する当事者や解決に向けて尽力しているリーダーなどの公務以外の方で自分を頼ってくれたり応援してくれたりする人々(担当としてポストに任ぜられている自分ではなく!)がいることは、人事担当者への大きな説得材料になったのではないかと思っています。
社会人基礎力の普及や見直しでは教育関係者や民間企業の人事に関わる方々とのネットワークを持つことができました。そこで、人事院に戻る際には、経済産業省での経験と最も効果的なシナジーを発揮できるポストとして、国家公務員の仕事理解の促進や大学生などの進路決定に関係する仕事を希望して着任することができました。当時の上司の後押しもありましたが、ここでも公務外の応援団の存在は大きな説得材料になったと思っています。

公務外の応援団を得てからは、大学や学会での講演や研修への協力、執筆や対談などの様々な依頼をいただく機会が増えました。私は業務性の濃淡に応じて公私を使い分け、時に土日や有給休暇を使って引き受けました。そのような声掛けを得られるようになったのは、公務外の方々と接する場面では、役所の言葉ではなく自分の言葉で話すことを意識していたことが大きな理由だと思っています。正確な表現を意識して書かれている役所の言葉は、一般的な市民感覚からすれば分かりにくい言葉です。そこで、ある程度の正確性を失っても、比喩や事例を豊富に使いながら、普通の人に分かりやすい言葉で伝えることを意識しています。自分が自在に使える言葉にまで落とし込む意識が、接する方々の共感につながり、公務外の応援団を口コミ的に拡大できたのだと思います。

偶然に向けて準備する

私の国家公務員としてのキャリアは、単なる偶然や運の積み重ねなのでしょうか。キャリア理論として、キャリア形成の8割は本人が予想しなかった偶然の事象によって決まるという「計画的偶発性理論」があります。この理論を提唱したジョン・D・クランボルツ教授によれば、計画的偶発性を引き起こす5つの行動特性として、①好奇心、②持続性、③柔軟性、④楽観性、⑤冒険心があるとされます。計画的偶発性理論では、偶然の事象に対してこれらの行動特性を発揮して行動することがキャリアのチャンスを広げると考えます(図2)。私の国家公務員としてのキャリアは、まさにこの計画的偶発性によるものと言えます。人事異動や情勢の変化で目まぐるしく変わる業務も、計画的偶発性を引き起こす偶然の事象として捉えれば、行動特性を意識した行動の実践でキャリアのチャンスにつなげられます。

(図2)計画的偶発性を生じやすい行動特性(J.D.クランボルツ)

行動特性を発揮して偶然の事象に向き合う際に、役人としての殻を破ることを意識できれば、公務外の応援団を得ることも可能になります。「人生100年時代」という言葉の産みの親でもあるリンダ・グラットン教授とアンドリュー・スコット教授は、著書の『ライフ・シフト』で、人生100年時代に大切な無形資産として、①生産性資産、②活力資産、③変身資産を挙げ、いずれの資産においても人脈やネットワークの重要性を説いています。特に変身資産は、人生の途中での変化と新しいステージへの移行を成功させる意思と能力であるとし、自分についての理解、活力と多様性に富むネットワーク、新しい経験に対する開かれた姿勢が重要であると指摘しています。新しい経験を糧としながら公務外の応援団を拡大させることができれば、活力と多様性に富むネットワークが充実し、人事に対する説得力を培うこともつながります。

キャリアを磨く時間をつくる

計画的偶発性を引き起こす行動を意識すると、ある程度のプライベートを費やさなければならないという負荷を伴います。厚生労働省を企画官で退官した千正康裕さんも、国家公務員として在職していた時には、プライベートで現場に足を運んでいたと著書に記しています。「働き方改革」が進んでいるとはいえ、課題が山積していて日々の業務や調整作業にも忙殺される中で、そのような時間を捻出することは難しいかもしれません。しかし、求められる業務を及第点でこなし続けようとする限り、計画的偶発性を引き起こすことはできません。キャリアを引き寄せるには、キャリアを磨く時間も重要です。

そこで、組織による働き方改革を待つのではなく、自らが働き方改革を実践する姿勢を持つことも大切です。イメージやドラフトなどの早い段階から相談して方向性について上司と合意しておくことや、判断の権限移譲を提案して実施していくことで、手戻りや調整の手間を省くことができます。これらの積み重ねから絞り出した時間を自分が社会にとって価値があると信じることに費やすことができれば、国家公務員という立場を超えた、社会課題に向き合う一人の人間として活動することが可能になります。
担当している業務の枠を超えて社会に価値を届けようとしていると、国家公務員としての本来の業務と自分がエネルギーを注ぎたいこととのバランスが危うくなる場合があります。このバランスが揺らぐ時こそが、キャリアの選択を考えなければならないタイミングにもなります。私は国家公務員を卒業して自分がエネルギーを注ぎたいことに集中する道を選びましたが、仮に、国家公務員を続ける選択をしたとしても、本務に関わりなく「キャリア」について考えて発信することにエネルギーを注ぐスタンスは譲れなかったでしょう。人事担当者からすれば「面倒な職員」かもしれませんが、強みのある面倒さは活かし方を提案できれば、組織の武器にもなります。

キャリアは選択の連続です。どのような意識で選択と向き合うかによって、その後のキャリアは大きく変化します。事務的に処理している業務の中にも、キャリアを彩るきっかけが潜んでいるかもしれません。自分にできる範囲から、意識と行動を改めていくことがキャリアオーナーシップを持つことの第一歩になります。

橋本賢二さん
リクルートワークス研究所の研究員として、人と組織に関わる課題とその改善に向けて研究している。2007年人事院採用。国家公務員採用試験や人事院勧告に関する施策などの担当を経て、2015年から2018年まで経済産業省にて人生100年時代の社会人基礎力の作成、キャリア教育や働き方改革の推進などに関する施策を担当。2018年から人事院にて国家公務員全体の採用に関する施策の企画・実施を担当。2022年11月から現職へ転じ、人事院公務員研修所客員教授、(独)経済産業研究所コンサルティング・フェローも兼ねる。


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