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こんにちは、VOLVEの吉井です。「キャリアとして捉えると、霞が関って、いったい何を得られるところなの?」という質問をよく受けます。それも、霞が関を経験したことのないビジネスマンからだけではなく、新卒で霞が関に飛び込んだ生え抜き職員からも。それだけではなく、生え抜きの国家公務員の多くは、謙虚に「自分なんか民間に行ったら通用しない」と言います。
ただそれは、謙虚さだけが理由ではないと感じています。自分たちでも「何が得られる場なのか分からない」ほどに、霞が関で必要なナレッジやスキル、マインドセットは言語化されていません。そのため、自信を持てなかったり、自分の成長を実感できなかったりしてしまうのです。
例えば、調整力。私も厚労省の世界に飛び込んだ際に、皆が認める「すごい人」から学び、この世界で通用する人間になりたいと思い、誰が「すごい人」なのか聞いてみました。そしてその「すごい人」について、その人の何がすごいのかを尋ねると、「調整力がすごい」という言葉が返ってくることがよくありました。たいていの場合、「その人に比べて自分はまだまだ」「自分は成長していない」という謙虚な言葉とともに。
「すごい人」と比べて「自分がまだまだ」なのはその通りなのかもしれませんが、だからと言って自分は成長していないのでしょうか。本当はそんなことはないはずです。日々、調整を行っている中で、きっと調整がうまくなっているはずです。ただ、何がどううまくなっているのか、それを言葉にできていないのです。
そもそも調整とは何でしょうか。さまざまな文脈における調整がありますが、平たく言えば、霞が関では概ね「何かを変える構想を立て、それを決めるプロセスに関わる人たちの合意を得ること」を指します。その相手は、国会議員や、各種団体、アカデミアの有識者、他省庁、他国政府など様々な立場の方々が含まれます。
あえて固い言葉で表現すれば、「さまざまなステークホルダーの利害関係や価値観の違いがある論点について、現状とは異なる最適解を構想し、その最適解の実現に向けて、意思決定に必要な人々の合意形成をすること」ということです。
では、調整ができるために必要な力(=調整力)にはどのような要素があるのでしょうか。うまく調整をするために必要な要素は、大きく分けると、ナレッジ、スキル、マインドセットの3つがあります。その中でも、スキルについては、「着地点を構想する」スキル、「着地点への道のりを定める」スキル、「着地点に導く」スキルの3つに分けられます。以下、順にご説明します(漏れがあれば悪しからず。やや書きづらいことは書いていません…)。
まず必要なナレッジです。ある特定の政策領域の調整をするわけですから、当然ながら、その調整事項の中身に関する基本的な知識を持っていなければいけません(ドメイン知識)。
そもそも、調整の定義の一部にある「意思決定に必要な人々」が誰なのか、それが分からなければ働きかけの対象が定まりません。領域によってはそれが明らかではないため、それを判断するための周辺知識を集めることが必要になります。そして、その調整相手がどういう「考え方」を持っているのかが分からなければ、合意を得られるはずもありません。調整相手の個人としての「考え方」を理解することももちろん大切ですし、相手が団体の代表者であれば、その団体の特性も頭に入れておく必要があります。さらに、調整相手同士も日々、様々な政策の調整をする中での関係性を持っています。場合によっては中長期的な貸し借りが、組織の立場を越えて、個人の立場で生じていることもあります。このように、調整相手が誰なのかを知り、調整相手の立場や基本的な考え方、調整相手のお互いの関係性を把握することは調整に欠かせません(ステークホルダー知識)。
さらに、実際に合意を得ていく過程においては、様々なミーティングや文書のやり取りが生じます。細かなことを言えば日程調整も必要になります。その際のお作法を知らなければ、途中で炎上し、内容とは関係ない理由で調整が失敗に終わることもあります。そしてそのお作法は、領域によって、微妙に異なるところもあります。したがって、その領域における調整のお作法を知っていることが必要になります(プロトコル知識)。
必要なスキルの1つ目は「着地点を構想する」スキルです。調整相手の立場や基本的な考え方を知っていても、個別の調整は非常にニッチな内容にもなりうるため、個別の調整領域における調整相手の反応は、必ずしも明らかではありません。したがって、個別の調整においては、その内容に対して相手の許容範囲を聞き出す必要があります(リスニングスキル)。
その上で、様々な調整相手の許容範囲を勘案して、具体的な着地点として何があり得るのか、選択肢を論理的に抽出します。ここで難しいことは、行政の場合、往々にして現状が現状である理由があるということです。逆に言えば、何か少しでも現状から動かすならば、誰かが反対する可能性が高いのです。したがって、全員の許容範囲の重なりとして、着地点を見出すことは困難です。むしろ、調整相手の利害がぶつかる中で、ダイナミックに着地点を動かしながら、潜在的な許容範囲の中で選択肢を探る必要があります(ロジカルシンキング)。
必要なスキルの2つ目は「着地点への道のりを定める」スキルです。説明の通り、既に顕在化している全員の許容範囲で着地点が得られることは少ないため、調整は多かれ少なかれ交渉となります。したがって、交渉戦略を練る基本的な知識が必要となります(交渉スキル)。
この交渉が難しいところは、いわゆる、バイラテラルと言われる1対1の交渉であることは少なく、マルチラテラルで多元的な交渉がほとんどという点です。そのため、交渉のためのシナリオは極めて複雑になります。いつ、どういう順番で、誰が、何を、どのように言うのか、これを間違えると調整が失敗しかねません。くだらないかもしれませんが、諸々の条件を勘案して、無数のシナリオを立てながら、調整の先を読み計画を立てることが求められます(シナリオ設定スキル)。
必要なスキルの3つ目は「着地点に導く」スキルです。調整のシナリオとして十分に実現可能なものを得られたとしても、当たり前ですが、それを着実に実行しなければ、調整は完了しません。特に、マルチラテラルで数多くのステークホルダーと同時に調整をする中で、しかも限られた時間の中で、順番にまで気を遣いながら調整を実行することは容易ではありません。プロセスを緻密に管理するスキルが必要となります(プロセスマネジメントスキル)。
新たな着地点が、全てのステークホルダーにとって潜在的に受け入れ可能なものだったとしても、言い方を間違えたり、こちらの意図をうまく伝えられなかったりすると、調整が失敗するリスクがあります。誤解やしこりを生まずに、かつ、限られた時間の中で簡潔に、合意可能な選択肢を文書・口頭で伝えるスキルが必要です(コミュニケーションスキル)。
着地点がそれぞれのステークホルダーにとって何らかの痛みを伴うものであれば、それがステークホルダー間の痛み分けだったとしても、「はい、分かりました」と言って、すんなりと受け入れてくれることはないでしょう。調整の過程においては、様々な技を駆使しながら、共通のゴールに向けて、調整相手に歩み寄ってもらうこととなります(インフルエンシングスキル)。
事前に設定した通りに調整が進み、調整相手からの歩み寄りも引き出すことができても、最後まで気を抜くことはできません。何らかの痛みを伴う着地点であれば、最後の最後まで、調整相手にも不安があります。国家公務員にとっての調整の後、今度は彼らが、そのことを他の誰かに説明をしなければならないからです。ここぞというところで説得力を持って言い切ることができなければ、ちゃぶ台返しにあってしまうこともあります(アサーションスキル)。
(後編はこちら)
【著:吉井弘和】
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