民間で6年働いた官僚が、再び総務省に戻った理由──DeNAを経て見えた「官」の仕事の意味

民間で6年働いた官僚が、再び総務省に戻った理由──DeNAを経て見えた「官」の仕事の意味

総務省からDeNAに転職し、6年間にわたって民間でのキャリアを積んだ田中俊郎さん。2024年、再び総務省に戻るという選択をしました。民間企業での経験を経た田中さんは、なぜ再び「官」の道を選んだのでしょうか。その背景を聞きました。

<プロフィール>
田中俊郎さん
2004年、総務省入省。総務省自治財政局財政課、山梨県リニア推進課、医務課、財政課、総務省消防庁救急企画室、自治税務局固定資産税課などで新規施策の立案から制度改正等に携わる。2018年にDeNAに転職。CMO室で医療データの利活用などに携わった後、2024年に再び総務省に入省。現在は自治行政局住民制度課サイバーセキュリティ対策室理事官を務める。

「地域医療の維持のために」― 住民との意見交換が教えてくれたこと

ーなぜ官僚の道を選ばれたのでしょうか。

高校生の頃から、官僚という仕事に漠然と興味がありました。少し青臭いのですが、世の中や社会の役に立ちたいという志があったからです。

総務省を選んだ理由は、一つは仕事への熱意を語る当時の採用担当者が魅力的に映ったから。また、総務省は全国の地方公共団体をはじめ、扱う分野が幅広い点も特徴です。特定の領域に限定されず、さまざまなテーマに携われる点にも惹かれました。

ー入省後はどのような業務を担当されてきましたか。

総務省では、自治財政局財政課や自治税務局固定資産税課、消防庁救急企画室などで勤務しました。また、山梨県には約5年間出向し、リニア推進課や医務課、財政課などを経験しています。

例えば消防庁では、救急企画室に所属し、救急に関するさまざまな制度の企画立案を担当しました。財政分野では、地方自治体が使う予算を見積もり、翌年度にどの程度の財源が必要かを計画する業務に携わりました。税務では、固定資産税を担当しました。

ー 印象に残っている仕事は何ですか。

山梨県に出向していた際に担当した、病院の経営統合です。当時は地元の方々への説明に、ほぼ毎日のように足を運んでいました。「病院がなくなってしまうのではないか」と不安の声も多く、厳しいご意見をいただくことも少なくありませんでしたが、経営は統合するものの病院自体は残し、機能は一部集約しながらも地域医療は維持する。その点を丁寧に説明し、理解をお願いしていきました。

また、医師の派遣をめぐっては大学医学部との調整が欠かせず、関係者との意見交換を重ねました。制度設計が中心になりがちな国家公務員の仕事の中で、地域住民をはじめ多くの方と率直に向き合えた経験は強く印象に残っています。統合が実現し、現在も地域の貴重な医療機関として機能していることを含めて、貴重な経験でした。

「全く違う環境に身を置いてみたい」

ー 転職を考えた理由は何だったのでしょうか。これまでのお話を聞くと、仕事は充実していたように感じます。

かなり多忙だったことに加えて、役所の仕事には一定の「ワンサイクル」があると感じるようになったことが大きかったです。予算要求を行い、事業を実施し、国会に法案を提出して成立を目指す。一連の流れを何度か経験する中で仕事の全体像が見えてくるようになり、今度はまったく違う環境で、自分を後戻りできない状況に置いてみたいと考えるようになりました。

総務省の中で扱っている仕事は、世の中全体から見ればごく一部で、これまでとは異なる経験をしてみたいという思いが、次第に強くなっていきました。周囲でも転職する人がいましたし、そうした人たちの話を聞く中で、「自分もずっとここにいなくてもいいのかもしれない」と思うようになりました。

ー 転職先にDeNAを選んだ理由は何だったのでしょうか。

コンサルティングファームからも内定をいただいていたのですが、自分で意思決定し、事業の最後まで関われる事業会社の方が性に合っているのではないかと感じてDeNAを選びました。手がけている事業の幅がとても広く、生まれた場所である横浜のまちづくりに関わる取り組みがあったことも、気持ちが向いた理由の一つです。また、偶然ではありますが、総務省時代の先輩が何人か在籍していたことも大きかったです。

ー DeNAでは、どのような仕事をされていましたか。

CMO(チーフメディカルオフィサー)室に所属し、医療データの利活用に関わる仕事をしていました。データをどのように活用するべきか、公的な主体からどのようにデータ提供を受けられるのかといった点について、社内で検討を重ねていました。中でも印象に残っているのは、これまで活用されたことのなかったデータについて使用許可を得て、実際に活用できた経験です。データの可能性を一つひとつ広げていく感覚があり、やりがいを感じました。

ー 官僚時代の経験は、どのような形で生きましたか。

医療データの利活用では官公庁と協議する機会も多かったので、官僚経験が役に立ちました。また、DeNAの南場智子会長は政府の検討会の委員を務めることがあり、その際の発言原稿を作成したり、「こうした論点で話していきましょう」といったレクチャーをしたりする業務も担当していました。これは業務全体の3〜5割ほどを占めていたと思います。

省内で調整を重ねていてもなかなか動かなかった話が南場会長の言葉を通じて発信されることで、これまで接点のなかった立場の方々が動き出す。その変化を目の当たりにできたのは貴重な経験でしたね。

政府が2022年に策定した「スタートアップ育成5か年計画」についても、こちらから相当程度働きかけた部分がありました。結果として形になったことを含めて、非常に手応えのある取り組みだったと感じています。

写真)DeNAが運営するプロ野球球団・横浜DeNAベイスターズの本拠地、ハマスタ。田中さんも観戦に足を運んだ。

「戻ってきてもいいんじゃない?」飲み会の一言

ー 待遇や働き方も改善し、官僚時代の経験を生かして民間で働いていた中で、なぜ総務省に戻る選択をされたのでしょうか。

もう全く、戻ることは考えていなかったんですよ(笑)。

このまま楽しく生きていこうと思っていたんですけど、きっかけは、総務省時代の同期との何気ない会話です。転職後も定期的に集まって飲む関係だったのですが、その席で「今は南場さんと一緒に政府の会議でいろいろやっている」と話したところ「それって、結局やっていることは同じじゃない?」と。確かにそうだな、と笑いながら話している中で、誰かがふと「それなら、別に戻ってきてもいいんじゃない?」と言ったんです。その一言が、思いのほか頭に残りました。

もう一つ、自分の中で引っかかっていた感覚もありました。DeNAを否定するつもりはまったくありませんが、成長している新興企業に身を置いていると、どうしても資本主義の中に深く入り込んでいく感覚があります。起業して大きな成果を出す人がいる一方、社会にはそうではない人も多く、例えば給食費を払えない家庭もあるといった現実もあります。仕事自体は楽しかった一方で、自分はこの世界にずっと身を置き続けていいのだろうか、とふと立ち止まる瞬間がありました。

ー 民間企業ではアルムナイ採用が広がりつつありますが、総務省では前例がまだ1人しかいませんでした。

はい。ですので、正直なところ、最初は戻るのは無理だろうと思っていました。(民間への転職当時は)前例がなかったこともあり、もともと自分自身も、戻るつもりで動いていたわけではありませんでした。

ただ、同期と先ほどお話ししたようなやり取りをした後に、以前からお世話になっていた先輩にその話をしてみたところ、「それならいいんじゃないか」と背中を押してくれたんです。アルムナイ採用という枠はないので、経験者採用の枠での応募です。実際には、書類審査、ウェブテスト、複数回の面接を経て、最終的に総務省に戻ることになりました。

民間経験経て「物事の見方が変わった」

ー 現在は、総務省自治行政局でサイバーセキュリティ対策をご担当されています。具体的にはどのような業務なのでしょうか。

地方自治体は、住民情報や税に関する情報など、非常に多くの機密性の高い個人情報を扱っています。これらがひとたび漏えいすれば影響は大きくなります。そのため、地方公共団体が講じるべきサイバーセキュリティについて、「何を対策すべきか」「どのような点に注意すべきか」といった方向性を示しながら、全体の底上げを図る役割を担っています。

ー 待遇面についてはいかがでしょうか。外で経験を積まれている分はどのように考慮されているのか気になりますが。

今は理事官(課長補佐級)ですが、同期はすでに室長クラスに就いていますので、その点は明確に違います。給与についても、前職と比べると下がっています。待遇面だけを基準にすれば、戻るという判断にはならなかったと思いますが、私は過度に気にする必要はないと感じていました。

一方で、制度としては、アルムナイ採用という出戻り専用の仕組みはなく、まだ足りない部分があるとも思います。これは総務省だけで解決できる話ではありませんし、省庁横断で考えていってもよいテーマではないでしょうか。

ー総務省に戻られて1年が経ちました。民間に行く前と比べて、見える景色は変わりましたか。

最初は戻ってきて以前のようにフィットできるのかという不安は多少ありました。ただ、実際には数カ月で環境には慣れましたし、仕事への向き合い方という点では、一度外に出たことが確実にプラスになったと感じています。物事の見方がかなり変わりました。

今自分が取り組んでいる仕事が、どのような意味を持っているのか、民間セクターも含めた中で、どのような役割を果たしているのか。そうしたことを以前よりも立体的に考えられるようになったと感じます。会計の考え方や、「これはビジネスとして成り立つのか」といった視点も身につきました。

今いる人に「辞めたら?」と言うつもりはありませんが、民間企業に5〜6年ほど腰を据えて出てみる経験はあってもいいのではないかと思います。

ー 民間での経験を踏まえて、今後取り組んでみたいことはありますか。

総務省の仕事は、私自身は一種のBtoBの構造を持つものだと捉えています。その中でも、現在担当しているサイバーセキュリティ分野は、民間のサービスや技術の活用を前提として成り立つ行政領域です。

こうした取り組みは、結果として民間の事業機会を広げ、日本全体の経済活動を後押しすることにもつながり得ると考えています。民間で培ったビジネスの視点や感覚を行政の現場に持ち込み、行政と民間の双方にとって意味のある形を構築していく。そのような仕事に取り組んでいきたいと考えています。