
日本銀行からメルカリに転職し、政策企画部門を率いる今枝由梨英さん。
プラットフォーム規制への対応やサーキュラーエコノミー政策の推進などの面で、政府と企業の「橋渡し」の役割を果たし、政策企画を統括する立場で活躍している。
「民間企業の立場に立ってみると、見える景色は全然違います」。そう語る今枝さんに、日銀での経験がメルカリでどう活きているのか、インタビューした。
<プロフィール>
今枝由梨英さん
メルカリ経営戦略室政策企画部門長。2010年4月、日本銀行に入行。経済調査、新日銀ネットシステムの更新PJ企画、金融機関のモニタリング、海外中銀との国際協力等に従事。2021年にメルカリに参画。循環型経済を推進するためのステークホルダーとの連携事例の創出や、HR・越境などの新規事業支援、消費者政策等にかかる政策提言、海外政策調査等に取り組む。前リユース業協会サーキュラーエコノミー推進委員長。
ー東京大学法学部を卒業後、日本銀行に入行されています。なぜ日銀を選んだのでしょうか?
高校時代にアメリカ留学経験があり、大学では法学部だったので、両方を活かせる仕事に就きたいと思っていました。就職活動をしていた2010年は、リーマンショックの影響が残っている時期です。アメリカ発の金融ショックが日本経済にも波及し、株価が7,000円を目前として、社会には漠然とした不安が広がっていました。
もともと「人の幸せにつながることをしたい」と思っていましたが、突然のリーマンショックで一気に不況になった現実を目の当たりにし、「不安の少ない社会を作ることに貢献したい」という思いがより強くなりました。
法律や英語を活かしつつ、経済という大きなテーマにも向き合える──。そう考えたときに、日本銀行はとても魅力的な就職先でした。

ー 2010年4月、日銀に入行されました。最初はどんな仕事から始まったのでしょうか。
最初は企画局で金融政策決定会合の事務局実務に従事しました。当時は「成長基盤強化を支援するための資金供給」などの政策が打ち出される度に、金融市場に即座に波及する様子を目の当たりにし、中央銀行の意思決定の重みを実感しました。半年ほどそこで働いた後、次は金沢支店に異動しました。
金沢支店では1年半ほど、地域経済の動向を把握するミクロ経済調査を担当しました。私は繊維・化学、雇用の分野を担当し、各社の生産動向を追ったり、県庁や企業を訪問してヒアリングをする日々でした。
ときには地域の会社に飛び込み営業みたいなこともしました。日銀として金融経済情勢や世界経済情勢をお伝えしつつ、企業からは「いま業界ではこうなっている」とか「生産はこんな状況になっている」みたいなことを伺い、毎月の経済報告に反映します。
特に東日本大震災の時は、企業の受注や生産がストップする中で、ミクロのヒアリングとマクロの経済指標を照らし合わせながら、緊迫感を持って経済の先行きを分析・レポートし、かけがえのない経験となりました。
ーその後、業務局新日銀ネット企画グループを経て、2014年9月から1年間、オックスフォード大学院に留学されました。
入行4年目にイギリスに留学する機会をいただき、オックスフォード大学のSaïd Business SchoolのMBAコースで経営学を学びました。振り返ると、自分のキャリアにとってこの留学が一つの転機になりました。
オックスフォードには、アフリカ、アメリカ、インド、アジアと、本当に世界中から人が集まっていました。講義の中で特に印象的だったのが「起業家精神が社会にもたらすダイナミズム」というテーマです。
当時の日本では、今ほどスタートアップが大きく取り上げられていたわけではありません。でも、各国から集まった様々なキャリアのバックグラウンドや起業経験を持つ人々と学ぶ中で、イノベーションが社会を動かすダイナミズムや、「成長へのガッツ」を肌で感じ、その熱量に衝撃を受けました。「Follow your dream」を掲げ、起業やイノベーションこそが経済を成長させるんだと信じている人たちが大勢いました。
帰国後も、イノベーションを支えることが、これからの経済を成長させるのではないかという考えは、心のどこかにずっと残っていました。

写真)オックスフォード大学院時代の社会起業プロジェクトの様子(今枝さん提供)
ー 帰国後は、どのような業務をされたのでしょうか?
金融機構局金融第一課で大手銀行の経営・業務運営状況のモニタリングを担当しました。
マイナス金利下という厳しい収益環境において、金融システム全体の安定を維持するため、各行の経営実態や貸出動向など、ヒアリングを行いながら分析・調査する役割です。
主に貸出や預金動向、個人向けのビジネスの調査を担当し、日々のヒアリングを通じて多くを学びました。一方で、民間の現場が直面する課題や意思決定のスピード感を、真に理解できているのか。こうした「視界の解像度」への問題意識は、後にキャリアを考える際に一つの軸となりました。
その後は、国際局国際連携課に異動し、アジアを中心にした中央銀行・財務省の国際案件を主導する仕事を担当しました。各国が抱える個別の事情や利害を深く汲み取り、対話を通じて共同声明の文言を集約させていく──。
「相手の立場や背景を慮りながら、最適な落とし所を提案し、合意を形成する」という経験は、多様なステークホルダーと向き合う現在の政策企画の仕事においても、大きな糧となっています。
ー その後、2021年に約11年勤務した日銀を離れ、メルカリに転職されます。なぜメルカリだったのでしょうか?
最初からメルカリ一択だったわけではなく、いろいろな企業のお話を伺いました。
その中でメルカリに惹かれたのは、会社のステージ、新しい仕事へのチャレンジ、そしてカルチャーのバランスが良かったからです。当時すでに上場していて、でも創業からまだ10年前後。省庁出身者も一定数いて、価値観や仕事の進め方に共通言語があるだろうとも感じました。
伝統的な組織か、ベンチャーかといった観点ではあまり迷いませんでした。自分がこれから何をしたいのか、次のキャリア、その先のキャリアを考えて、ハンズオンで事業に関わる経験のほうが大事だと思ったんです。
何より「ここでも、笑顔で働けそうだ」と感じたんです。最後はカルチャーフィットが決め手でした。
ー 日銀からメルカリというキャリアは、かなり珍しかったのでは?
確かに、かなり珍しがられました。ある同僚には『私が知っている日銀関係者は、歴代の総裁とあなただけです』なんて言われたこともあって(笑)。
冗談めいた話ではありますが、世間一般から見れば、日銀は「遠い組織」なんだなと実感しました。

ー 現在はメルカリで政策企画部門を率いています。どんな仕事なのでしょうか。
メルカリではPublic Policy(パブリックポリシー)と呼んでいますが、定義としては「メルカリが世界に飛躍するための政策環境を国内外で共創する」ことです。2021年に入社して以来、ずっとこの領域にいます。
入社後すぐに担当したのは、フリマアプリ「メルカリ」への出品物に関する省庁からの問い合わせ対応や、消費者政策でした。
ネット通販事業者に消費者保護対策を求める「取引デジタルプラットフォーム消費者保護法」が、2022年5月に施行されるタイミングだったので、ガイドラインづくりや官民協議会の立ち上げにも関わりました。
その後も政策企画担当として、自治体との連携やスポットワーク・越境事業といった新規事業支援を担当し、今は部門全体を取りまとめています。
ー 日銀での経験は、メルカリでの政策企画の仕事にどう生きていますか?
一番大きいのは、「情報の非対称性」を体感として理解していることだと思います。
日銀にいたときは、当事者ではない以上、ヒアリング先の企業や銀行について、どこまでいっても見えない部分がありました。今は逆に、企業側から行政の政策を見ていますが、企業側からだけでは分からない景色が同じようにあります。
省庁の方々はIT企業のプロダクトづくりの難しさを細部まで把握しているわけではないし、企業側も政策形成プロセスを細かく理解しているわけではない──。
その間にあるギャップを理解して、社会のために、あるべきルールを提案していく。そこがこの仕事の本質だと思っています。
だからこそ、優れた「翻訳者」であることがとても大事です。社内の常識を社外に伝え、社外の論理を社内に持ち帰る。そのうえで、「ではどんなアクションを取るべきか」まで一緒に考える必要があります。
その意味で、日銀で培った「視点」をあちこちに移動させる力が役に立っていると感じています。

ー これまでで特に印象に残っている仕事はありますか。
リユース(製品を再利用すること)とサーキュラーエコノミー(廃棄せずに循環する経済システム)の領域です。メルカリは中古品の流通を担う会社ですが、「捨てられるものをへらす」ためにも、「リユース」を国の政策の中にしっかり位置づけていただく必要があると考えていました。
最初は、行政の公的文書を見ると「リサイクル」の用語が数多く使われていても、「リユース」はほとんど記載されていませんでした。そこに対して、業界の声を丁寧に集め、伝えていく。まずは、その場を作ることから着手しました。
中古品などを扱う事業者が多く所属する「リユース業協会」の中で会員の皆さまの賛同を得ることができ、「サーキュラーエコノミー推進委員会」を立ち上げ、サーキュラーパートナーズという官民のコンソーシアムに参画し、意見を提出して行きました。
そして、政府の「成長戦略フォローアップ」に「循環経済関連ビジネスの促進」が盛り込まれ、2026年には環境省が「リユース等の促進に関するロードマップ」を発表するなど、国としてリユースに長期的に取り組む流れにつながりました。
業界団体として官民の枠組みに参加し、リユースを国の成長戦略の中に位置づけていく──。業界のみなさんとともにこの流れをつくれたことは、大きな成果だったと思います。

ー 日銀からメルカリへ。その大きなキャリアチェンジを、今振り返ってどう感じていますか。
本当に学ぶことの連続でした。民間の立場に立って、個人のお客さまを対象とするサービスから見える景色は全然違います。
過去のキャリアを振り返ると、もともと組織の中だけでなく、組織の外の人たちの話を聞いて、共に新しい制度や枠組みを創る仕事が好きでした。その根本的な部分は、日銀でもメルカリでも変わっていません。
現在取り組んでいる政策企画の仕事は、いわゆるロビイングだけではありません。事業に直結する法規制について、業界団体や省庁の検討会を通じて政策提言をして、より良い制度に反映させていく仕事もあれば、外部で起きている変化をいち早くキャッチして、経営判断や事業戦略のアジェンダに翻訳して持ち込むのも、大切な役割のひとつ。
守りも攻めも、社外への働きかけも社内への提案も、案件ごとに描く絵が変わる。そこがこの仕事の面白さだと感じています。
ー どんな人がこの仕事に向いていると思いますか。
官僚出身者のように政策形成プロセスを知っている方は、力を発揮しやすいと思います。ただ、私自身はその領域を専門にして入ったわけではないので、必須条件では全くありません。
大事なのは、学び続けることと、ステークホルダーと信頼関係を築きながら共創できることです。社外の人と一緒に動き、社内にも変化を働きかけていく。経営と近い距離で、会社としての意思を外に届けていく場面もある。その責任感も含めて、すごくやりがいのある仕事だと思います。
新しい市場を切り開いてきたメルカリでは、今後も政策企画に関わる仕事はとても重要になると思っています。現在メルカリでは、一緒に働いてくれるメンバーを募集しています。官公庁だけでなく、企業で働かれていた方や、政治に関わる業務を経験された方など、幅広い経験を持った人たちが集まっています。
興味がある方は、ぜひ応募していただければと思っています。
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