経産省からVCへ。元官僚が見つけた「もう一つの社会貢献の形」

経産省からVCへ。元官僚が見つけた「もう一つの社会貢献の形」

新卒で入省した経済産業省で15年間勤務し、その後、ベンチャーキャピタル(VC)のグローバル・ブレインに転職した河原木皓(かわらぎ・こう)さん。
経産省時代には地方創生やスタートアップ支援など幅広い政策に関わった経験を持ちながら、なぜベンチャーキャピタルで働く道を選んだのでしょうか?
「政策とスタートアップの両面から社会を動かす」。そう語る河原木さんにインタビューしました。 

<プロフィール>
河原木皓さん
大学院卒業後、2008年に経済産業省に入省。15年間勤務し、スタートアップ支援や中小企業の海外展開支援などに従事したほか、政策の効果検証の設計・サポートや省内のデータ利活用環境の整備などに携わる。2023年にグローバル・ブレイン参画。GR(Government Relations)チームとして、投資先スタートアップの公的支援策の活用や規制改革などをサポート。各国・各領域の投資動向の調査などリサーチ業務も兼務。趣味はキャンプ、キックボクシング、スノーボード、ピアノ、飲酒。城下町と地酒が好き。

「研究者」を目指した学生時代

──なぜファーストキャリアとして経済産業省を選んだのでしょうか?

もともとは理系出身で、研究者を目指していました。
東北大学理学部・宇宙地球物理学科で、宇宙や惑星の研究をしていて、学部を卒業後は東大大学院の修士課程まで進みました。

研究自体は面白かったのですが、一方で研究をすればするほど、社会と距離が生まれていくような感覚がありました。
卒業後の進路を考える時期になって、「社会にインパクトを与える仕事がしたい」と思うようになり、最初はメディアなどを調べていましたが、たまたま中央省庁の人たちに出会い、「政策で社会を変える」という話に惹かれて最終的に志望したという流れです。

──2008年に経産省に入省されています。中央省庁の中でも、なぜ経産省だったのでしょうか?

理系出身でも活躍できる職場だと思ったからです。

普通、私のように惑星の研究などに知見がある人が省庁で働く場合、専門を生かせる国土地理院や気象庁で働くケースが多いんです。

でも経産省の方たちは、僕が「宇宙を研究してきた」というバックグラウンドも面白がってくれて。分野を問わず挑戦できそうな雰囲気を感じ、経産省を志望することにしました。

人を巻き込みながら物事を動かす面白さ

──経産省ではどのような仕事を担当されましたか?

経産省では約2年サイクルで部署が異動になります。私は2008年に入省して約15年間、経産省で働き、7つほどの部署を経験しました。

最初の配属は、地方創生関連の部署でした。農業の成長産業化など「6次産業化」や、国から地方への権限移譲など地方分権改革を進める政策を担当しました。

企業との調整や政策への落とし込みを通じて、次第に「人を巻き込みながら物事を動かす面白さ」を感じるようになっていったのを覚えています。

その後は原子力やリサイクル、研究開発などを担当し、2014年から2年間、アメリカのUCLA(カリフォルニア大学ロサンゼルス校)に留学しました。

専攻は公共政策で、経済学や政策設計を体系的に学び直したんですが、理系出身の自分にとって、政策の理論的裏付けを学べたのは大きな収穫でした。

国際会議を担当。通商交渉の最前線に立つ

──アメリカ留学も経験されたんですね。帰国後はどのような政策に関わられたのでしょうか?

帰国後は、国際関係の部署に配属され、G7、G20、OECDなどの国際会議において、経産省としての立場を取りまとめ、他国と交渉するという仕事を担当しました。

当時はちょうど第1次トランプ政権が発足したタイミング。アメリカの方針転換にどのように対応するか、他の国々を「どう巻き込むか」を徹底的に考える日々でした。

──まさに通商交渉の最前線にいらっしゃったんですね。交渉と言われるとあまりイメージできないのですが、国際会議での交渉とはどのように行われているのでしょうか?

G20のように多くの国が参加する会議では、仲間づくりがとにかく重要です。このために、参加国の関心やこだわりを徹底的に調べて、仲間になれそうな国をリストアップしていきます。日本と立場が異なる国でも、「日本の主張をそのままぶつけたらダメだけど、角度・言い方を変えれば受け入れてくれるかも」ということもあります。

このように事前の徹底リサーチの上で、実際に各国とやり取りをしていきます。会議に先立って打ち合わせを設けたり、会議の前日・当日の隙間時間も使いながら、お互いに譲れない一線は何か、どのラインなら合意できそうか、その合意は日本にとって意味のあるものか、を考えながら、できるだけ多くの仲間を作って合意を目指します。

国際会議での経験は「相手の関心を徹底的に調べて、どう働きかければ一緒に物事を進められるか」を考える訓練になり、現在のVCの仕事にも役立っています。

「スタートアップ投資を増やしたい」税制を改正

──2018年には中小企業庁に異動されました。印象に残っている政策などはありますか?

中小企業庁では、創業支援やスタートアップ支援を担当しました。特に印象に残っているのが、「エンジェル税制」の制度改正です。

個人投資家がスタートアップに出資する際に税優遇を受けられる制度なのですが、10年ほどアップデートされていませんでした。

具体的には「創業3年未満」のスタートアップしか対象にならなかったり、制度を利用するためにスタートアップから都道府県への要件確認が必要だったりと、投資家やスタートアップにとって使いにくい制度だったんですよね。

そこで投資家やスタートアップの現場の声を集めて制度を再設計し、財務省など関係者への説明を経て、対象を「創業5年未満の企業」に拡大したり、都道府県への要件確認を一部不要にしたりする改正を実現しました。

日本の課題として、海外に比べてスタートアップへの投資がかなり少ないという点があります。

個人的にも「日本の個人資産のごく一部でもスタートアップ投資に回れば、経済の活性化につながる」という思いがあり、この改正を実現できたのは大きな達成感がありました。

「政策で行動を変えられているのか?」

──経産省・中小企業庁でも活躍していたんですね。政策づくりにやりがいを感じていたとのことですが、転職のきっかけは何だったのでしょうか?

政策の目的は「人や企業の行動を変えること」ですが、実際にどれだけ変えられているのかもやもやした感覚を持つようになったんです。

例えば企業の設備投資の際の補助金を国が整備するか否かに関わらず、そもそも制度がなくても設備投資する企業もあるし、制度があっても設備投資しない企業はしません。であるならば「政策が本当に意味を持っているのか」と。

もう一つの理由は、業務が多忙化し、政策に関わる仕事に集中しづらいと感じたためです。

「人や企業の行動を変える」政策を作るためには、政策の制度設計に時間をかける必要があります。しかし当時の私の仕事の8割は、国会対応や調整業務。官僚として最も力を入れたい政策設計に使える時間は2割ほどでした。

年々その割合が減っている感覚もあって、「本当に自分の時間をここに使っていいのか」と考えるようになったのが、転職を考えたきっかけです。

「役所以外で社会にインパクトを与える仕事ができないか」と考える中で出会ったのが、VCのグローバル・ブレインでした。

政策も社会を変える手段ですが、スタートアップのビジネスを通じて社会を変えていく道もあるのではないかと思い、転職を決めました。

規制改革などでスタートアップを支援

──現在の仕事について教えてください。

メインの仕事は「GR(Government Relations)」で、投資先スタートアップが規制改革や国の支援策を活用する際の支援をしています。

「どのルールをどう変えるべきか」「どの役所に働きかけるべきか」をアドバイスしたり、一緒に役所に相談に行ったりもします。また、スタートアップが活用できる国の支援策を紹介したり、活用をサポートしたりもします。

転職して感じたのは「国の政策がスタートアップに全然知られていない」ということです。
情報格差だけでなく、スタートアップ側の「役所に相談していいのかわからない」という心理的な壁も高いと痛感しています。

これまでの官僚経験を生かしつつ、「国に相談していいんですよ」ということを広げていきたいと思っています。

国側もスタートアップの声を求めています。もっと相互理解が進めば、制度もより良くなるし、スタートアップが社会に貢献できる範囲が広がると思っています。

──印象に残っている仕事はありますか?

投資先スタートアップのミチビクさんとの取り組みです。ミチビクは主に上場企業向けに取締役会のDXサービスを提供するスタートアップです。これまで世の中になかったプロダクトなので、社会に「取締役会もDXするべき」という流れを生めないかという相談からスタートしました。

そのころはちょうど、経産省でコーポレート・ガバナンス改革の研究会を始めたタイミングで、ミチビクの方向性とフィットすると感じたため、一緒に経産省の担当課に相談に行きました。すると経産省側にも関心を持っていただき、経産省の調査に協力する形で、現場の課題感や解決事例をインプットしていきました。その結果、国のガイダンスに、ミチビクが強調したいメッセージが掲載され、社名や顧客事例も事例集に取り上げていただけました。

その後ミチビクさんから聞いたのですが、事業へのプラスの効果が大きかったそうで、まさに政策とスタートアップのビジネスを繋げられた印象深い仕事でした。現在ミチビクさんの方では金融庁ともやり取りを始められたようで、GRに取り組むきっかけを提供できる支援ができて良かったと感じています。

──具体的に経産省での経験が活きていると感じる場面はありますか?

これまでの経験が活きていると感じる場面はたくさんありますが、大きくは「課題解決と合意形成のスキル」と、「リーダーシップと交渉経験」でしょうか。

官僚の仕事は、何かについて徹底的にリサーチし、仮説を構築してストーリーを組み上げ、そして様々な人に提示し、合意を得ながら前に進めていくプロセスを大切にします。このプロセスは霞が関でも、今の仕事でも共通しています。

スタートアップへの投資検討の際は、その市場が十分な規模が見込めるのか、どのような競合がいて差別化できるのか、プロダクト開発や顧客拡大の戦略は妥当なのか、といった複数の観点で徹底的にリサーチし、ストーリーとして説明し、議論することで、投資の判断を行っていきます。

投資判断だけではなく、投資後の成長支援においても、大企業との協業や政府支援などを活用しながらスタートアップの成長に繋げていくためには、こうした関係者の合意を得ながら前に進めていくことが欠かせません。

先ほどお話した国際交渉やエンジェル税制の改正で培った、「事前の徹底リサーチ」や「ストーリー構築」、「関係者の説得と合意形成」というスキルは汎用性が高いと感じます。

また経産省に15年在籍し、転職組としては比較的長く役人を経験したこともあって、政治家、財務省や法制局など他省庁、業界団体や企業の幹部、外国政府や国際機関など様々な人とフロントで交渉・調整していく経験を重ねることができました。当時は当たり前のように思っていましたが、民間企業に転職した今は、若いうちから場数を重ねたことがプラスに働いていると感じます。

より日常的な面で言えば、「そこまで専門知識が深くない分野でも早くキャッチアップする」能力は、役人時代にかなり鍛えられたと感じています。

研究開発支援の部署にいた際は、年間100社ほどからご提案をいただく機会があり、分野もそれぞれ全く異なるものでしたが、1時間ほどの面談でポイントを理解し、ネクストアクションに繋げる必要がありました。数年ごとの人事異動サイクルも、キャッチアップ能力を鍛える面ではプラスだったと思います。

今の仕事では、投資先スタートアップは数百社に上り、投資検討のために日々面談しているスタートアップも含めるとさらにものすごい数に上ります。分野もBtoBのSaaSからエンタメ、フィンテック、量子、AI、核融合など様々です。自分が比較的詳しい分野もそうでない分野も、短い時間でポイントを押さえ、必要あれば掘り下げて知識を習得するという基本動作は、役人時代と通じる部分です。

経産省でもVCでも“変わらない思い”

──グローバル・ブレインでの仕事のやりがい・楽しさを教えてください。

仕事内容が多彩で刺激的だと感じています。量子や核融合などのディープテックからSaaSやエンタメに至るまで、最先端の技術やビジネスに関わることができ、大企業とスタートアップの協業、スタートアップのグローバル展開、スタートアップを通じた地方創生など、経産省時代に関わり、自分にとって取り組み続けたいテーマが社内にたくさんあります。

こうしたテーマに対して、自分がやる気があって価値を出せればチャレンジさせてもらえる社内環境もやりがいになっています。私も自ら希望して、今年からキャピタリスト業務(投資先スタートアップの探索、投資実行、投資後支援)を兼務しています。

また、入社前に感じていた、「スタートアップのビジネスを通じて社会を変えていく」ことが実現できる職場だとも感じています。投資先スタートアップの経営者の方々はどなたも、本気で社会を変えようという想いと戦略を持っています。こうした起業家の方々と政策との接点を作り、社会の変革に繋げていくことが今の目標です。

──今後のキャリアについて、どのように考えていますか?

中長期のキャリアパスを描くのは苦手で、その時々で魅力を感じる選択肢を取ってきました。当面はGRと、キャピタリストの両軸で経験を積みたいと思っています。

私が働く上で根底にあるのは、「社会に良いインパクトを与えたい」という思いです。

政策とスタートアップの両面から社会を動かすために、自分にできることを模索し続けたいですね。