企業の政府渉外は「人脈の切り売り」ではない──GR人材のリアルな仕事(前編)

企業の政府渉外は「人脈の切り売り」ではない──GR人材のリアルな仕事(前編)

話し手 小泉美果(フリー株式会社 スモールビジネス総合研究所所長 / 金融渉外部長 / プロダクトマネージャー、慶應義塾大学SFC 特別招聘講師) 吉井弘和(VOLVE株式会社 代表取締役)

政府渉外は役所人脈の切り売り!? 政府渉外にまつわるよくある誤解

吉井:今日は政府渉外(GR; Government Relations)の仕事について、小泉さんに実態を伺いたいと思います。まず、政府渉外という仕事について、よくある誤解から話しましょうか。私が考えるに、「ビジネス側のリクエストを霞が関・永田町につなぐだけ」「一度政府渉外に行くと政府渉外しかできない」といった誤解が多いように思います。

小泉:そうですね。確かにそういう誤解は根強くありますね。でも実際は全く違います。単に右から左に情報を流すだけの仕事ではないですし、キャリアの幅も想像以上に広いんです。

吉井:そうですよね。実際、小泉さんは今プロダクトマネージャーも兼務されていますし。

小泉:はい。政府渉外の経験があるからこそ、制度の余白を意識したプロダクト開発ができるんです。これは後ほど詳しくお話ししますね。

吉井:そうした誤解があるので、「役人が霞が関で培った人脈を切り売りする仕事」という誤解も生まれますよね。私も現役の国家公務員の求職者の方からそのように言われたりします。人脈以外に付加価値がないようにも聞こえます。

小泉:そう受け止められていると思うと悲しいですが、確かにそのような誤解もありますよね。実際には、ビジネス側のやりたいことを的確に理解して、それをルールの言葉に落とし込み、幅のある着地点の中で最適解を探す仕事です。そんな仕事の魅力が伝わればと思い、お話させていただきます。

政府渉外の業務内容──単なる「つなぎ役」ではない

吉井:では、具体的な業務内容から整理していきましょう。私なりに政府渉外の仕事を分解してみたんですが、大きく分けて以下のようなことをやっているのではないかと考えています。

  1. 日頃から関係構築・応援団形成を行う
  2. ビジネス要件を理解する
  3. ビジネス要件を制度要件と制度上の大義に翻訳する
  4. 制度要件を実現するための戦略を練る
  5. 制度要件を実現する戦略を実行する
  6. ビジネス要件を損なわずに制度要件を調整しながら交渉する

小泉:ええ、概ねその通りだと思います。ただ、実際にはもう少し複雑で、それぞれのステップがかなり奥深いんですよ。

1. 日頃から関係構築・応援団形成を行う

吉井:まず関係構築について。相手は役人や政治家、業界団体などですよね。

小泉:そうです。霞が関の役人、永田町の政治家、それから業界団体ですね。経済団体、各地域の経営者団体、それから各企業の事業に固有の業界団体。私たちで言えば税理士などの士業の団体など、多岐にわたります。こうした、ステークホルダーに対する理解が、この先の前提になります。

吉井:これって、案件ごとにその都度アプローチするというよりは、常日頃から関係を作っているんですか?

小泉:基本的には常に何かしらの案件がある前提なんです。税制改正や規制改革って毎年決まった時期にありますから、論点も引き継がれていくんですね。その中で人間関係ができていって、異動があればご挨拶に行くという感じです。霞が関の特定の部署とのカウンターパート関係と同じというか。総務省の何々課、財務省の何々課、といった具合に。

吉井:なるほど。常に何かしらの案件を通じて関係が継続しているわけですね。

小泉:はい。ここで言う「関係構築」って、単に仲良くなるとか名刺交換を増やすというより、相手の置かれている立場や関心(何を背負っているのか)を理解した上で、ビジネス上の関係として信頼を積み上げていく、というインターパーソナルなスキルが問われます。お願いするときだけ現れるのではなく、普段から相手にとっても意味のある情報提供をする、という姿勢ですね。

小泉:それから、関係者の求めに応じてアンケートを実施したりもします。これが実は大きな役割なんです。

吉井:アンケート、ですか?

小泉:はい。私が霞が関にいた時は、総務省の行政管理系の部署にいたので、いわゆる事業官庁ではなく制度官庁と呼ばれる立場だったんです。そうすると現場から遠くて、エンドユーザーである国民が何を感じているかが見えにくい。伝統的にパイプがある業界団体や経済団体からしか意見が聞けなかったんです。

吉井:制度官庁と事業官庁で、国民への近さにグラデーションがあるわけですね。

小泉:そうなんです。それが民間に転職して初めて、金融ってこんな多様な事業者と対話するんだって驚いたんですよ。民間に転職して一番興奮したのは、ユーザーアンケートを送ってその日に自動で集計されて、結果を見ながら仮説を立てられるということでした。本当は霞が関も、政策を立案する上で、もっと現場の声を集める仕組みがデジタルで実現できるはずなんです。でも統計などの規制があって簡単にアンケートが取れない。だから民間だからこそ、霞が関にインプットできる価値の高い情報があるんです。

吉井:なるほど。民間側が現場の声を集めて、それを整理して伝えてる。これが税制改正要望や規制改革要望の強みの出し方になるわけですね。

小泉:その通りです。それから、ルールメイキングの種を広く集めるような活動もしています。制度改正を担当している霞が関の担当者もネタを探しているんです。私たちは広く制度上困っている声を吸い上げて、役所に伝わりやすい言葉に変換して、規制改革要望一覧のようなものを提供したりしています。

吉井:それは事務局的な役割を担うことで、関係構築にもなるし、広く応援団を作ることにもつながるわけですね。

小泉:はい。そういう意味でも、関係構築と仲間づくりは一体なんです。

2. ビジネス要件を理解する

吉井:次に、ビジネス要件の理解について。これは自社のビジネスだけでなく、より広い理解が必要だと思うんですが。

小泉:おっしゃる通りです。ビジネス一般に対する理解、対象とする事業に対する理解、そしてその事業の顧客への理解が必要です。特に、顧客が日々どんな課題を抱えているのか、これを深く理解していないと、的確な制度要件に翻訳できません。

小泉:加えて、その事業が今どんな戦略で、どこにボトルネックがあって、制度がどう効いてしまっているのか。事業の課題と戦略をセットで理解していないと、「何を変えるべきか/変えなくていいか」の線引きができないんです。

吉井:様々な業界団体に加盟しているのも、そういった理解を深めるためでもあるんですか?

小泉:そうですね。様々な業界団体と連携しています。例えば介護や飲食などの業界団体とも。

吉井:飲食業ですか?それは意外ですね。

小泉:業界ごとに、どういう商習慣でどういう制度的課題があるのか、テクノロジーで解決できないかを、一緒に考えるんです。バックオフィスのSaaSは、どんな業界でも生産性向上のポテンシャルがありますから。

吉井:なるほど。御社のプロダクトはコーポレート機能のSaaSだからこそ、業界横断で様々なビジネス要件に触れられるわけですね。

3. ビジネス要件を制度要件と制度上の大義に翻訳する

吉井:これが政府渉外の最も専門的な部分かもしれませんね。法令の知識も必要だし。

小泉:ええ。法令の基礎知識はもちろん、関連法令や周辺法令を調べる知識・スキル、あるいはそれを補うネットワークとフットワークが必要です。

吉井:具体的には、どういう作業になるんですか?

小泉:一番時間と魂をかけるのは、具体的な提案を作るところですね。例えば改正の要望書を私の手元で書いて、それを関係する団体に相談して、みんなが反対しない形を探す。その上で霞が関とやり取りして、「無理筋かもしれないけどワンチャンありえる」くらいの温度感に持っていかないと、ただ言っているだけになってしまうんです。

小泉:その「提案」も、抽象的な理想論ではなくて、制度変更に向けた具体的な設計案に落とす必要があります。例えば、現状(As-Is)とあるべき姿(To-Be)を概念図や業務フローで描いて、「ここをこう変えるとこう運用できる」というところまで示す。行政側が検討しやすい形にしておく、ということですね。

吉井:温度感を探りながら形にしていくと。それって、法令の文言だけじゃなくて、その前段階のポンチ絵とか閣議決定文書の文言のネタなども作るということですか?

小泉:どちらかというとポンチ絵のネタ提供ですね。ポンチ絵って、現場がわからないと描けないんですよ。だからそれをちゃんと伝わりやすくする。

吉井:小泉さん、役所を辞めて8年経っても、まだポンチ絵が描けるんですか?

小泉:全然描けますよ。むしろ私は霞が関の人向けに、現場の課題感を制度に翻訳したスライドを作るのが得意な方だと思います。霞が関にいた時もよく作っていたので。

吉井:一度ビジネス的なスライドに染まっても、そこは、逆カルチャーショックは起きないんですね(笑)

小泉:起きないですね。やっぱり、そこで育ったからでしょうか。思考回路が行政寄りな部分は失われないんだと思います。民間団体と行政の議論を聞いていても、「あ、これ多分行政側はこういう勘違いをしながら今話しているな」ということが分かるので、真ん中で変換しながら補足していく、ということをやっています。

官民で連携してファクト収集する

吉井:さっき、事業者へのアンケートの話が出ましたが、あれはどういう文脈なんですか?

小泉:例えば、「様式バラバラ問題」と呼んでいるんですが、行政が事業者に提出を求めるデータの標準化を進めましょう、という論点があります。行政がデータ項目を標準化してくれれば、SaaSを利用する事業者と自治体のやり取りが一気通貫でできるようになります。今は紙で項目も自治体ごとにバラバラに提出していますよね。一例でいうと、保育園の入園手続きで使う就労証明書とか。

吉井:それで役所と話しているわけですね。

小泉:はい。例えば、役所側が自治体にあるテーマで実態調査をしようとすると、準備や集計作業もいれて半年かかることもよくあると思うんです。でも私たちは、よく「自治体が公開している情報を各自治体のホームページから自動で集めてきてAIに読み込ませて分析したら、悉皆調査する前から、より確度の高い仮説を持って調査設計ができるのではないか」と提案するんです。

吉井:なるほど。進め方の効率化やアップデートを提案していくわけですね。

小泉:そうなんです。実際に出してみたら「いいですね、霞が関の先進事例にできるかも」と言ってくれたりします。霞が関にいると、今までのやり方を変えるという発想になかなかならないですし、ましてAIツールを入れるとなると、セキュリティ担当や総務との調整が大変なんです。でも公開情報で、すでにツールを導入している民間企業と協働だったら速く効率的にできる、というところの発想を我々から提案して、役割分担していく。行政にしかできない調査もありますから。

吉井:制度要件を実現するための戦略実行において、ファクト収集も重要な要素ですね。

小泉:はい。それから、過去の政策の効果検証も重要なんです。例えば、新しい政策が去年実施されたとして、その効果はどうだったのか、政府としても知りたいわけです。私たちは広いカスタマーベースがあるので、そこに対して調査をかけて、「実はこの制度、スモールビジネスではあまり定量的な成果が出ていないんですよね」と意見交換する。

吉井:それって、政策の見直しの力になるんですか?

小泉:直接的というよりは間接的に、その後の政策の見直しや、似たような政策アイデアが出てきた際の参考として使ってもらっているかと思います。

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