文科省からベンチャーへ。転職したからこそ感じる官僚スキルの価値、越境を経ても貫き通す「本懐」

文科省からベンチャーへ。転職したからこそ感じる官僚スキルの価値、越境を経ても貫き通す「本懐」

「官民協働で教育のリモデルに取り組む。その本懐がブレることはないんです。人生を通して追い続ける目標だと思っています」
一度は学者を志すも、新卒では文部科学省に入省。厚労省への出向やMBA留学も経て、12年目にベンチャー企業 株式会社エクサウィザーズ(以下「エクサウィザーズ」)へ転職した生田さん。
教育に向き合う官僚からAI技術の会社へのキャリアチェンジは大きな方向転換のように見えるが、生田さんの中ではひとつの大きな目標への道のりであるという。文科省からスタートアップへの転職には苦労も伴ったが、環境が変わって初めて気づいた国家公務員キャリアの強みもあった。

<プロフィール>
生田研一さん
東京大学大学院総合文化研究科修士課程修了。エモリー大学ゴイズエタビジネススクール修士課程修了(MBA取得)。文部科学省入省(2008年4月)後は、児童・生徒の安全管理、保健教育などの初等中等教育分野や、ICT技術の伸展への著作権制度の対応、全般的な文化行政の施策に係る企画・立案などの文化行政に携わる。途中、厚生労働省に出向し、新卒就職支援を担当。2017年からは、国際課室長補佐・国際統括官付ユネスコ協力官として、ユネスコ関連業務および国際バカロレア教育やSDGsの普及促進に従事する。2019年6月文部科学省を退職。2019年8月より、株式会社エクサウィザーズに参画し、介護・まちづくり、教育等の分野において、AIを活用した社会課題解決のためのプロジェクト企画・創出に取り組む。鎌倉市教育アドバイザー、一般社団法人アジア教育交流研究機構(AAEE)理事


社会的な意義だけでは動かせないものがある

ーファーストキャリアが文科省ですね。学生の頃から「アカデミアを変えたい」という気持ちがあったのですか。
修士一年で進路に迷った時の出会いと考えがキャリア選択のきっかけとなりました。
大学で哲学を専攻し、のめり込むままに大学院に進学、学者になりたいと思っていました。しかし真剣に将来を考えるほど、当時の自分には「学者」、特に文系の学者の道は先細りのキャリアのように思えてしまいました。同級生には学者とコンサルタントなどのビジネスパーソンを両立している友人もおり、今思えば自分の視野が狭かっただけの部分もあるのですが、少子高齢化が進む中での大学における正規ポスト削減の傾向もあり、学問一筋のキャリアにあまり希望が持てなかったのは正直な気持ちです。それまで一心不乱に研究に打ち込んでいた気持ちがふいに途切れてしまい、半年くらい学校にもあまり行かずにふらふらと過ごしていた時期がありました。
その時期に、自分の人生で初めて国家公務員と出会ったのです。その方は外務省で働かれていて、大きな使命感をもって働く彼の話に強く惹かれ、憧れました。自身の中に燻っていたアカデミアの将来への課題感も相まって、文部科学省を目指すモチベーションになりました。

ー官民連携を重要視するようになったきっかけは?
厚労省に出向した際の経験が大きなきっかけになっています。
まず文科省では、最初の1-2年は学校の危機管理や保健に関する業務を担当しました。教育系の中では珍しい、人の命に直接関わる仕事です。とにかくがむしゃらに頑張りました。次に担当した文化庁での著作権関連業務では、初めて経済・ビジネスとの接点を持ちました。霞ヶ関とは違うビジネスの世界を垣間見て、刺激になりました。そしてその次に配属された厚労省への出向が、意識の転機となりました。
厚労省では、企業の新卒採用に関する業務などに携わっていました。特に印象に残っているのはある大型採用イベントです。とある有名なtoCの大手企業のブースに学生が大勢群がっていたのですが、実はその時、その企業にエントリーするべき適切な時期はもう過ぎていました。学生たちが「踊らされている」という印象を持ちました。就職活動が抱える構造的な問題に気がつき、事業者側との対話を通じて企業の採用活動の最適化等にもアプローチしていかないと、実態は変わらないと考えるようになりました。これが官民連携の協創関係を作っていきたいと思ったきっかけです。
労働市場でも人気があるいわゆるハイスペック人材への支援よりも、割合としてボリュームゾーンにあたる人材をより力強く支援するべきだ、というような話をした際にも、本音では同意してくれる事業者の人は多かったです。厚労省内部だけでなく、エージェント側も採用側も同じ課題感を共有できましたが、現実的にはビジネスとして成り立たない可能性が高い。官民協働でやらないといけないという目線は一致しましたが、自分自身の2年の任期では時間が足りず、実証モデルを作るところまでしか担当できませんでした。
その時にわかったのが、「話せばわかる人がいる。でも様々な事情の違いがあり、社会的な意義だけでは動かせないものがある」ということでした。

教育を広義で捉え、本質課題に向き合う。「掛け合わせ」のキャリアへ

ー転職される際、教育系企業へとは考えなかったのですか?
その位置づけとして当然な側面はあるのですが、文科省は、教育的文脈からの目線を主な足場として「将来的な取組・改革案」を掲げることが少なくありません。昨今、様々な教育改革を目指す取組が始まってはいますが、「学び」を進化させるためには、今以上に社会、ビジネス、テクノロジーなどにおける変化を受け入れて、総合的に考えていく必要があります。こうした視点に立った時、私自身のキャリアを考える上でも、社会におけるもろもろの分野・ビジネス・テクノロジーの動向を踏まえた上で可能性を探す必要があると思っていました。具体的には、「将来におけるデータ利活用・AIテクノロジーと人との役割分担のあり方を考慮した教育の未来」を考えられるようになりたい。そこに近づく経験を得られる職場はないだろうか、という観点で転職先を考えていました。
エクサウィザーズに加え、GAFA企業や大手外資人材企業などからもオファーをいただいていました。ですが決して転職活動の全てが順風満帆だったわけではなく、実は苦労もありました。通常の転職エージェントを通して応募した企業では、書類で落とされてしまうことも少なくなかったんです。年齢的にはすでに中堅以上になっていた割には事業会社での経験がなく、ITスキルが足りないなども理由となり、「合致するポジションがない」と言われてしまいました。VOLVEみたいな官民の越境転職を専門としたエージェントを知らず、国家公務員のスキルについて民間企業サイドに正当に価値を感じてもらうための表現は自分で考えなければならなかったので、苦労しました。

ー錚々たる企業から個人的なお声がけがあったのですね。その中で現在の職場を選ばれたのはどのようなきっかけだったのでしょうか?
声をかけていただいた企業は全て役人時代に個人的な繋がりを築いた方からのご紹介でした。具体的なジョブやポストというより、「あなたと一緒に働きたい」という声のかかり方です。
当時、「事業開発のポジションです」と言われても、事業開発が何をする仕事なのかも正確にはわからない状況でした。MBAで勉強した経験はありましたが、そこで学ぶのは、あくまで経営者が必要とする抽象度の高い理論的内容や高い目線からの事例理解などが中心です。現場の詳細な業務内容に触れる機会はあまりありませんでした。
エクサウィザーズに関しては、面接がてら飲み屋で社長と話をしたのが決め手になりました(笑)。意気投合し、その飲み会の終わりに「一緒に働こう」という話になりました。当時のエクサウィザーズは上場前で100人オーバーくらいの規模でした。ビジョンに共鳴した上で、「全然違う環境に行くのもいいな、スタートアップってどんなものなのか見てみたいな」という気持ちもありました。

ーエクサウィザーズではどのようなお仕事をされているのですか。
公共への足場を活かす具体的なミッションがありつつ、自身の希望としてより全社的な目線で公共分野との重ね合わせを発展させたく、今は社長室に所属しています。
入ってしばらくは、エクサウィザーズでの仕事としては教育との直接的な関わりから離れることを望みました。視野を拡げるという視点から、スマートシティというトレンドがある中、防災分野を含めたデータ利活用×まちづくりという領域で幅広くプロジェクトに参画しました。また、他企業と協働したヘルスケア関連の事業開発などを経験させてもらっています。役割としてはコンサルタントという立場での仕事が多かったです。

今は幼児教育分野等でのAI画像解析の新規事業開発も担当しています。モンテッソーリ教育などにも通ずるのですが、幼児が何かに夢中で取り組んでいる際、その様子を観察し、発達心理学などの知識と掛け合わせて分析し「この子は今こういった発達状況であり、このような好きなことがあるから次はこういったことに取り組ませてあげると良い」と提案することは各幼児の個性を大切にした成長の支援につながります。しかし、保育施設の現状として、人手不足・業務多忙の状況にある場合が多く、そこまですることは難しい。ここを画像AIによる解析に基づいたそれぞれの子どものアセスメント情報を提供することにより、保育者や保護者がお子さんの個性を理解し、個性に応じた導き・指導ができるようにできれば、子どもの学びがもっと楽しくなると思います。そして、それが一人ひとりの「学びを通じた幸せな人生」に繋がっていくと信じています。

副業や個人的な活動も複数行っています。自治体のDX支援、教育委員会の顧問、大学のDX改革支援、教育企業に対してのアドバイザー活動などをしています。文科省時代のネットワークで「辞めたなら手伝ってくださいよ〜」というように声をかけていただいたことがきっかけとなった案件もあります。そして、民間企業での経験があるからこそ信用してもらえている部分もあるとは思います。

国家公務員のスキルのお陰で、必要な人からの信頼を得ることができる

ー転職先を民間とすること、そもそも転職することについて、不安はありませんでしたか?
「役人として一定のキャリアを積んだのに、辞めるのはもったいないかもな…」という迷いは、正直ありました。当時家庭環境の変化があって霞ヶ関の勤務環境が合わなくなってきたので、それが決断要素になった面もあります。また、もしどうしようも無くなったら他の自治体やシンクタンクにいくことはできるな、と思っていました。
転職後、霞ヶ関に残っている人たちから相談を受ける機会が結構あります。同期で「もう転職できるタイミングを逸してしまった」と言っている人などもいますが、そもそも国家公務員として10年、15年と働いていることは大きな社会的実績です。もし本省の課長級であるとしたら、それこそかなり大規模な民間企業の部長級以上に値する仕事をしているはずです。外に出たからと言って必ずしもバラ色の未来があるとは限らないですし、官僚という社会にとって少し特別な仕事に取り組むことの価値は、外から見ればより明確に認識できることですが、とても高い。ですから、転職しないキャリア選択を嘆く必要はないと思います。
その前提がある上で自分自身のキャリア選択には全く後悔はありません。国家公務員でなければ公的な価値を作れないかというと、違います。官も民もみんなで一緒に作っていくもの。人の流動性も高まっていて、文科省からも「戻ってこないか」というような声をかけていただくこともあります。
私が転職して良かったと思うのは、目線やキャパシティが圧倒的に広がったことです。DX、事業開発、コンサルといった、できること、キャリアの軸が増えました。新しい仕事でもそれなりにやれていることによって、今や次の選択が自由になったと感じます。国家公務員の難しいところのひとつは、組織との関係性がどうしても強くなることです。右に行って、と言われたら右に行かざるを得ない。でも、選択肢を持っていれば交渉力が生まれます。今後の自分がまた公共のポジションに戻ることもあるかもしれませんが、その場合にも自由度が大きく上がっているだろうなと思います。

ー霞ヶ関の中でも慎重さが求められると言われる文科省から、ベンチャーへ。ギャップに苦しむことはありませんでしたか?
もちろんギャップはありました。一挙手一投足の重みや距離感が違います。その結果、スピード感が違うということになるのですが。こういった文化の違いは「違う場所で違うことをやっているのだから」と自分に言い聞かせて、慣れました。他には戦略コンサル出身の人が多い中で、使う言葉が合わないという問題もありましたね。なんにせよ自分が少しずつアジャストしていきました。
文化的な面ではリセットに近い感覚でしたが、国家公務員時代に培ってきたこともしっかり活かせています。一番効いているのはネットワーク、各省庁に知り合いがいることです。元国家公務員にしかできない情報の取り方がありますし、省庁の人と繋ぎ合わせて話の場を作るだけでも価値があります。次に、分野を問わずに公共主体が何を考えているのかがわかること。自治体においても、公共的な視点のスタンダードは国と同じです。公共事業開発の案件でも、こう言った大元の公共的観点は大いに役立ちます。市町村のアドバイザリー的業務をする際に、単なる下請けではない価値提供に繋がります
スキル面も同様です。霞ヶ関の通常業務において、特に必要とされることの多い根回し力やコミュニケーション力はすごいレベルに鍛えられていたのだなと実感しました。これらのスキルが高いことで、信頼して欲しい人から信頼してもらうことができます。何かが決まった時にこれで大丈夫なのかとチェックする力、考える能力、段取り力、また、しっかりとした日本語が書ける能力。これらはどこに行っても使えるスキルです。そういった力が信用につながる場面は多いと気づきました。

ーご自身のキャリア、今後をどのように考えていますか。
我ながら、「特殊な道を通ってきたな」、という思いがあります。今後のキャリアにおいて、「自分にしかできないこと、自分にこそやれること」が、やるべきことだと思いますし、そこからは逃げたくないです。そして、そういうところにチャレンジしやすい状況になってきているとも思います。
人生を通して取り組みたいのは、やはり教育のリモデルです。どういう立場で、どのように実現に近づけていったらいいのか。具体的な道筋の候補は、なんとなく頭にはありますが、まだ絞りこめてはいません。目の前のことに取り組みつつ、そこをよりクリアにして、生涯をかけて目標に向かっていきたい。
国家公務員という道を通ってきた、特殊なキャリアということは、私が持っている感覚や思考も特殊である可能性が高いです。それを活かして、本懐を果たしたい。社会的インパクトを目指し、目標をブラさずに頑張っていきたいと思っています。

【編・写 大屋佳世子】


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